糸満海人(うみんちゅ)工房資料館
糸満お魚センターのはす向かいに糸満海のふるさと公園の南端に、NPO法人ハマスキーが運営する「糸満海人(うみんちゅ)工房資料館」がある。糸満海人工房・資料館は、沖縄県が世界に誇る糸満漁業の伝統文化を次世代に継承する事を目的とした資料館である。日本オリジナルのゴーグルや小型帆船がかつて琉球列島に存在し、海人(ウミンチュー)と呼ばれる漁師達が縦横無尽に大海原を駆け巡っていた。
サバニ
サバニとは、沖縄の海人(うみんちゅう)が使っていた木造の舟で、もともとは丸太を削りだして作ったくり舟であった。糸満ハギ(接ぎ)のサバニは、二つの板材と角材で作られたハギンニ(接ぎ舟)で釘を1本も使わず建造していた。サバニの曲線は木の板を曲げて造られるため、丈夫でしなやかな宮崎県の飫肥杉(おびすぎ)が最適とされている。まず舟の側面(舷側・ハラケーギ)となる2枚の長い飫肥杉の板をならべたら、熱湯をかけて少しずつ曲げていく。サバニ大工はどのくらいの圧力をかけるのか、どのくらい熱湯をかけるのか、どのように曲げていくのかをすべて経験から判断する。
サバニ大工が用いていた鋸、手斧(ちょうな)や鉋(かんな)、鑿(のみ)などが展示されている。
ミーカガン
ミーカガンとは、水中メガネの一種で、明治17年(1884年)沖縄の糸満で玉城保太郎(たまぐすくやすたろう)によって発明された、潜水漁を行う漁師に使われていた両眼式のゴーグル。糸満の漁業に影響を与え、漁法の進歩にもつながった発明品である。おそらく世界で初めての発明だと言われている。
ミーカガンの材料として玉城保太郎は、イーフ島(旧・兼城村潮平にあった伊保島。現在は埋め立てのため存在しない)に生えていたモンパノキを使用したと言われている。モンパノキとは、ムラサキ科の低木であり、この木のことを沖縄の方言でハマスーキ(浜潮木)と呼ぶ他に、ガンチョーギー(眼鏡木)とも呼ぶ。
ミーカガンづくりの小道具
使用する海人の顔形や漁法、潜水深度などによって形を変えるほどのこだわりの品で、使う人それぞれの型紙まであったという。
ユートゥイ
舟の中にたまった潮水をくみ出す道具である。舟にたまった潮水のことをアカと呼ぶことから、アカトゥイともいう。展示されているものは底が湾曲した糸満ユートゥイと呼ばれるもので、マツの根元が使われている。
 アンブシ網
アンブシ網は、沖縄の伝統的な漁法のひとつで、定置網や建網とも呼ばれる。遠浅の海域に約600メートルの網を仕掛け、魚を捕らえる。沖縄の漁師は、サバニと呼ばれる伝統的な舟を利用した。
ウミフゾー(カタッパー
海人(ウミンチュウ)が使う刻み煙草入れで、糸満ではカタッパーフゾーともいう。カタッパーは木を彫りこんで作られていて、海での湿気を防ぐため、蓋はしっかりと密閉するようになっている。蓋の内側には火打石(後にはマッチ)や小銭を入れるための細工が施されている。これに長い紐を取り付け、その一端に竹製のキセルをさした。また、蓋をすると枕としても利用できた。
ティンバー(キセル)
刻み煙草を吸うためのキセル。竹の根の節の多い部分を利用して作ったもので、雁首(がんくび)には金属製の吸い口が取り付けられている。ウミンチュが漁に出る時には、ウミフゾウを結んだ紐の一端にキセルを結んで、サバニに載せたという。
カマブクウーシとアジン
かまぼこの材料となる魚やダシ魚をつくのに利用したウーシ(臼)とアジン(杵)。杵は棒状の短い竪杵(たてぎね)。
琉球船舶旗
ウクライナの国旗のような青と黄の旗が展示されていた。アメリカ統治時代の琉球の船舶旗だという。国際法では通常、公海を航行する船舶は常時国旗を掲げることになっている。しかし、アメリカ統治下の沖縄の国際法上の地位は不安定で、星条旗(アメリカ合衆国の国旗)も日章旗(日本の国旗)も掲げることができなかった。そこで琉球列島米国民政府では、国際信号旗のD旗の端を三角に切り落としたものを「琉球船舶旗」に決定し、船舶の掲揚を義務付けた。


Last modified: Jan. 11 13:17:00JST 2024
(c) Dr.Shigeaki Iwashita